ミーハー総研(ミーハー総合研究所)

ミーハーなあなたに、ミーハーなニュースを。

    タグ:芸人

      このエントリーをはてなブックマークに追加
    1: (・ω・)/ななしさん

    2014年にデビューし、史上最速となる結成11か月で「なんばグランド花月」での初単独ライブを成功させ、大ブレイクを果たした8.6秒バズーカー。
    しかし、翌年後半から失速。
    現在、テレビで見ることはほとんどない…。
    今、どんな活動をしているのだろうか? 
    1人500万円だったという最高月収は、現在どうなっているのか? 
    本人たちを直撃した。

    b


    ――デビュー時は1日に21本の仕事をこなす多忙なスケジュールでしたが、現在は?

    はまやねん(以下、はま):酷なことを聞きますね…。1日1本くらいです。

    田中:オフが3日ある週もあります。昨年のテレビ出演は4回。しかもはまの“不倫ネタ”(苦笑)。 ほそぼそですが、頑張ってますよ! なんでも聞いてください!

    ――では早速。今年1月、YouTubeに“反日疑惑”に反論する動画を投稿しました。正直、“今さら”という感じがありましたけど…。

    田中:噂が出始めた当時は、ぼくたちが反応すると余計おもしろがるだろうから、否定も肯定もしないスタンスだったんです。 根も葉もない噂だし、そのうち沈静化するだろうと。それが裏目に出て、どんどんエスカレートしてしまい、ぼくらが出演した番組のスポンサーにクレームが入ったりして、テレビ局にご迷惑をお掛けしてしまいました。

    はま:番組のプロデューサーには、事実どうこうじゃなく「騒動が収まるまでまで様子を見よう」とと言われました。

    田中:昨年、YouTubeに「干された芸人まとめ動画」が上がったんです。それがものすごい再生数で、1位になりました。これ以上誤解が広がってはいけないので、きちんと説明しておこうと。

    はま:視聴者の反応としては、反論が遅すぎて「もうええねん」って空気感でしたけどね(苦笑)。

    (中略)

    ――ところで、最高月収は1人500万円だったそうですが、今は?

    田中:直近の月収で言うと、ぼくは70万円、30万円、50万円でしたね。

    ――案外、多いですね。

    田中:もっと悲しいやつのほうがよかったですか?(笑い) ぼくらを叩いてるやつよりもらってるかも(笑い)。

    はま:やめろ、また別の意味で炎上するから。

    田中:テレビの仕事は減っても、営業は全国に行ってますから。結婚式の余興もするし、ショッピングセンターとか、劇場とか。

    ――ブレイク時と生活が変わったことは?

    (以下ソースで)
    https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20180816-00000006-pseven-ent&p=2


    所長見解:いいやんか・・・

    【【あの人は今】あの「8.6秒バズーカー」の現在の月収がコチラ・・・・・】の続きを読む

      このエントリーをはてなブックマークに追加
    1: (・ω・)/ななしさん

    人生は激変する。
    お笑い芸人・小島よしお(37)は2007年、「そんなの関係ねぇ!」でブレークを果たした。
    当時の最高月収は1200万円! 
    家賃6万円の家から安倍晋三首相私邸の近所にある23万円高級マンションに引っ越したという。

    k


    当時は基本、毎日出ずっぱりで、休みは正月くらいでした。
    それでも気を張っていたせいか、もしくは20代後半で体力があったからか体調は大丈夫。飲みは37歳の今より行っていたんじゃないかな。

    睡眠時間も4、5時間は取れていました。
    連載第9回で話したように「東京ダイナマイト」松田大輔さんらが東京・笹塚の僕のウチに合鍵を作って入り浸っていた時(06年)のほうが睡眠時間は短かったですね。
    まあ、あれで鍛えられたのかな。

    最高月収ですか? 1200万円です。入ったのは08年。
    明細を見て「120? …ん、えっ!?」と目を丸くしてしまいました。

    お金の使い道は、09年の正月だったと思いますが、家族を連れてオーストラリアに行きました。

    あとは引っ越しで家賃を一気にアップ。
    笹塚時代は1Kの6万円で、そこから安倍首相の私邸がある富ヶ谷に移りました。
    2LDKの23万円。
    高校の時から筋トレにハマっていて、自宅にベンチプレスを置くのが夢だったので50万円以上する20キロのベンチプレスを買いました。

    トレードマークの海パンは08年くらいだったかな、「ロンドンハーツ」(テレビ朝日系)のドッキリ企画で大量にもらえました。
    海パンをはいた100人のオジサンに「そんなの関係ねぇ!」とマネされたんですが、スタッフさんから「オジサンがはいたので良ければ」と100枚いただきました。

    いや、気にしなかったですよ(苦笑)。洗えば良かったし。ありがたかったですね。
    洗濯機で洗い、乾燥機で乾かしました。

    でも、100枚全部使ったわけではありません。
    年に1枚のペースで換えていき、はき潰したのは5、6枚くらいかな。

    サイズ的に合うのはLで、Mはがんばればはけるといった感じ。
    Sは小さすぎて使えませんでした。

    余ったのは「ファン向けのプレゼントで提供してください」と依頼されたり、お世話になった方から「ゴルフコンペの景品で出したいからもらえない?」と要請されたりして、渡していました。まあオジサンのお古ですが(苦笑)。

    当時は自分のキャパ以上の仕事が毎日のように降りかかってきました。
    でも、「そんなの関係ねぇ!」を披露する仕事ばかりで、トークはそこまで必要とされませんでした。

    08年くらいからしゃべりを求められるようになります。
    でも、うまく返せなくて。ヘタでした。
    トークの輪に入った時点でスベる空気になっていました。
    そのうちに話を振られなくなりました。

    「ヤバい…。どうしよう…」

    ヘコみました。
    悩みました。

    世に出たのが07年。スベったのが08年。早いですね(苦笑)。

    http://news.livedoor.com/article/detail/15148528/


    所長見解:長いよな・・・

    【【一発屋芸人】小島よしおの月収がコチラwwwww】の続きを読む

      このエントリーをはてなブックマークに追加
    1: (・ω・)/ななしさん

    「事故物件住みます芸人」の松原タニシが、8月6日にAbemaTVで放送された「スピードワゴンの月曜The NIGHT#119」(毎週月曜25時00分~)に出演。
    事故物件にまつわる恐怖話を語った。
    「The NIGHT」は平日深夜、日替わりのパーソナリティが司会進行を務める深夜ラジオ風の生放送番組。
    スピードワゴンは月曜日を担当している。
    この日の番組テーマは「怪談」。
    松下ら「怪談四天王」が、それぞれ持ちネタを披露した。

    松原が語ったのは「安里さんのマンション」のエピソード。
    その物件の部屋は四畳半一間ばかりで、風呂はなくトイレは共同。
    マンションとは名ばかりの下宿屋だった。
    「安里さん」はその角部屋に住んでいた。
    住民同士の付き合いは皆無だったが、安里さんには気になる住民がひとりいた。
    はす向かいの部屋に住むオタク風の青年だ。
    ドアが開いているときに見えた部屋にはアイドル女性のポスターが壁一面に貼られ、床にはアニメキャラのフィギュアが並べられていた。
    彼はほとんど外出もせず部屋に閉じこもっているように見えた。

    オタク青年は、ある日ぷっつり姿を見せなくなった。
    階下に住む大家に尋ねると家賃滞納が続いたので退去させたのだという。
    住民の入れ替わりはよくある。
    安里さんはやがて青年のことも忘れていった。
    しばらくして、季節は夏になっていた。
    青年が住んでいた部屋から腐敗臭がすることに気づいた。
    その翌日、帰宅するとマンションはパトカーと警察官に囲まれていた。
    大家がいたので話を聞くと、大家の部屋に、天井を突き破ってウジムシが落下してきたのだという。
    上の階は青年の部屋だった。
    警官立ち合いのもと調べると、部屋にはオタク青年の腐乱死体があった。
    彼は合鍵を使って部屋に潜み、そのまま餓死していたのだ。

    気味の悪い出来事に住民はみな退去していった。
    残されたのは安里さんひとり。
    その後、元オタク青年の部屋のドアがバタンと開くことがあった。
    風の影響かと気にせずにいたが、大家も同じような場面に遭遇していたらしく、不安を感じた大家はリフォームをしたうえで祈祷師にお祓いをさせた。
    その日帰宅した安里さんの目の前でオタク青年の部屋のドアが勢いよく開き、お祓いで使用した鎮め物の紙が掃き出されるように舞い上がった――。

    松原は、その話を安里さんから実際に聞いたという。
    マンションは取り壊され、事故物件としては現存していない。

    スピードワゴン小沢は、松原の話が終わると視聴者から寄せられたコメントを読み上げた。
    そこには松原が持参した人形が、瞬きをしたとあった。
    小沢は恐怖の表情で、その人形を凝視していた。
    この他にも事故物件に関する怖い話を集めた松原タニシの初の著書『事故物件怪談 恐い間取り(二見書房)』が発売中である。

    http://news.livedoor.com/article/detail/15142409/
    AbemaTIMES

    no title


    所長見解:怖いな・・・

    【【閲覧注意】事故物件芸人が語った戦慄の事故物件がコチラ・・・・・ 】の続きを読む

      このエントリーをはてなブックマークに追加
    1: (・ω・)/ななしさん

    1990年代の人気バラエティ番組『進め!電波少年』(日本テレビ系)に出演していた元・猿岩石の森脇和成、元・ドロンズの大島直也、元・パンヤオの伊藤高史、元・地球防衛軍レッドの加代子、「Tプロデューサー」こと土屋敏男氏が12日、東京・練馬区のバッティングプラザ大泉で行われた『ドラマチックバッティングセンター #あなた専用甲子園』の記者会見に出席した。

    森脇は、元相方・有吉弘行とともに同番組のヒッチハイク企画で人気に火が付き、歌手としても「白い雲のように」が大ヒットし『第39回日本レコード大賞』の「新人賞」を獲得するほど大ブレイク。
    2004年3月のコンビ解散を機に芸能界を引退したが、15年に「役者をやりたくて芸能復帰」し、現在は「年間3~5本の舞台に立たせてもらってます。
    役者としては新人でゼロからのスタート。
    コツコツやらせてもらってます」という。

    s


    有吉との近況を問われると「電話したらつながらなくて、メールの返事もない。
    一応、『復活します』とメールで報告はしています。
    もう10数年、会ってないですね」とポツリ。
    報道陣から不仲を心配されると「仲悪いわけではないけど、良くもない。
    幼なじみなんで照れくさい感じですかね」と笑いながら否定し「なにか言いたいこと? ないですね、地元の誇りですよ」と話していた。

    この日のメンバーは、先々月頃に行われた「電波少年メンバーのプチ同窓会」で「10数年ぶり」に再会。
    番組復活を期待する声があがると、土屋氏は「テレビじゃ無理だと思うので、どこかのネット企業で希望されるところがあれば…」と前向き。
    大島、伊藤、加代子も舞台役者として活動中。
    土屋氏は「メンバーはそろってる」と自信をのぞかせていた。

    同イベントは、カヤックより配信中の共闘スポーツRPG『ぼくらの甲子園!ポケット』のキャンペーンの一環。
    普段は、バッティングセンターとして稼働している同所を舞台に、チームメイトや監督、吹奏楽やチアリーダーたちの応援、プロの実況にウグイス嬢が登場し、ユーザー自身が“主人公”として青春の一コマを体験できるイベントとなっている。
    今月30日に一日限定で開催される。

    http://news.livedoor.com/article/detail/15149311/


    所長見解:そうなるよね・・・

    【【あの人は今】元猿岩石・森脇和成、有吉とは音信不通の模様・・・・・】の続きを読む

      このエントリーをはてなブックマークに追加
    1: (・ω・)/ななしさん

    タレントの中山秀征(51)が11日放送のカンテレ「おかべろ」で、タレントの今田耕司(52)との確執の真相を告白した。

    n


    中山と今田はフジテレビ系の生バラエティー番組「殿様のフェロモン」(1993年)のMCとして初共演。

    「考え方が違ったわけですよ。(フジテレビから)『オールナイトフジを復活させたいから、楽しく飲みながらなんで、ワイワイやってくださいよ。女の子きゃあきゃあ言いながら』みたいな(オファーがあった)。
    『ああそうですか。楽しそうですねえ』、僕はそれで受けた。
    ところが今ちゃんには戦いだというふうに伝わってるわけですよ」と、大きな温度差があった。

    番組スタート前の決起集会から既に「誰もしゃべらないような。俺、今ちゃんにビールをついだら、『あ、大丈夫です』と断られた」というピリピリムード。
    双方と親交があるザブングルの松尾陽介(41)によれば、当時、今田がダウンタウンにあいさつに行ったところ、浜田雅功から「全員殺してこい」と、ハッパをかけられていたという。

    中山が親密さを出すために「ヒデちゃんと呼んで」と頼んだものの、今田は「なんで知らないヤツをヒデちゃんって呼ばなきゃいけないんだ」と、ずっと「中山くん」で通していたという。

    中山は「バチバチで、初めて人とこんなにうまくいかないと思ったわけ。それまで楽しくやればなんとかなると思ったけど最後の最後までならなくて。空気が悪くて、それっきり今ちゃんと会うことがなくなったわけ」と説明。
    周囲の忖度(そんたく)もあって共演NGのような関係になり、10数年会うこともなかった。

    同番組で共演していたナインティナインの岡村隆史も「すごい番組内の空気悪い。今田ちゃんと秀ちゃんもなんか空気悪い」と感じていたことを告白。

    後に今田は松尾に「今考えたら、あの当時からテレビのことを分かってたのはヒデちゃんだったな。今の自分なら理解できるけど、あの当時は全く理解できてなかった」と、反省と中山へのリスペクトを吐露。
    松尾の仲介で再会の場が設けられ、和解したという。

    https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20180811-00000068-dal-ent


    所長見解:そうやろね・・・

    【【不仲関係】中山秀征、今田耕司との確執の真相がコチラ・・・・・】の続きを読む

    このページのトップヘ