ミーハー総研(ミーハー総合研究所)

    自殺

      このエントリーをはてなブックマークに追加
    1: (・ω・)/ななしさん

    オカルトマニアなら一度は聞いたことがあるかもしれない。

    大都会のド真ん中、東京・新宿歌舞伎町に“最凶心霊スポット”があることを。

    b


    その場所は、1980年に建設された地上7階、地下1階のコンクリート建てビルで、イケメンが多数所属するというホストクラブや、ダーツバーなどがテナントとして入っている。

    しかし、華やかな夜の顔の裏側では、ひっきりなしに心霊現象が目撃される場所としても有名なのだ。

    「実はこのビルは、日本一といわれほどの“自殺スポット”なんです。
    多いときでは1カ月に10件くらい飛び降り自殺が発生します。
    自殺者の多くは若い女性で、ホストクラブ通いをした揚げ句、借金で首が回らなくなり、ホストに見せつけるかのように飛び降りるのです。
    普段から多くの人通りがある場所なので、巻き込まれる被害も多発しています」(風俗ライター)


    そんな場所柄もあって、ネット上では心霊現象の目撃談が多数投稿されている。

    《あの近くを通ると寒気がするのでいつも回り道してる》
    《屋上につながる階段に白い服装の女性の姿が見えた》
    《ビル内に右腕が落ちているのを見た人が複数いるみたい》
    《前を通るだけで頭が締め付けられる》

    など、どれもかなり強い霊の力が働いていると思われる。


    怨霊渦巻くビル街

    「実は自殺者が多いのはこのビルだけではないんです。
    このビルを囲むように隣接してるラブホテルや、風俗ビルでも多数の自殺者が出ています。
    飛び降りだけでなく、首吊り、焼身自殺もありますが、付近で働いている人たちは日常茶飯事として、もはや特別気にすることもありません。
    いかにこの一帯が異様な空間かが分かるでしょう」(同・ライター)

    事故物件公示サイト『大島てる』を見てみると、このビルの周辺は、死者が出たことを表す“火の玉マーク”が複数記されており、その死者の多さを物語っている。

    付近で働く風俗店関係者は「お気に入りのホストの売り上げのために散々尽くしても、結局は満たされることがなく、最後は風俗に沈められたり、病んじゃう女性が多い」と、ホストに入れあげる女性のタイプを説明するが、今後も、同じようなケースは決してなくなることはないだろう。

    非日常とされる空間が、もはや限りなく日常として流れる街、歌舞伎町。

    “最凶”と呼ばれるゆえんは、そんなところにあるのかもしれない。

    http://this.kiji.is/464253633283441761?c=44341039600582657

    所長見解:ホスト・・・

    【【ここはヤバい】東京・新宿歌舞伎町の最凶心霊スポットがコチラ・・・】の続きを読む

      このエントリーをはてなブックマークに追加
    1: (・ω・)/ななしさん

    昨年10月、演出家のコウカズヤ氏と“授かり再婚”した元SPEEDの上原多香子(36)。


    年末に無事出産してママになった上原は、2月のある昼下がり、赤ちゃんを抱え、都内にある高級百貨店のベビー用品売り場にいた。

    彼女が売り場で熱心に見ていたもの。

    それはベビーカーだった。

    b


    居合わせた客が証言する。 


    「さすがは高級百貨店なので、STOKKE(ストッケ)やbugaboo(バガブー)などのヨーロッパのラグジュアリーブランドの10万円近くするベビーカーがズラリ。 
    ドリンクホルダーやレインカバーなどのオプションを付ければ15万円を超えるものもあります。 
    上原さんは、フランスのブランドBABYZENyoyo+(ベビーゼンヨーヨープラス)やドイツのブランドcybex(サイベックス)にお子さんを試乗させていました。 
    どちらも高いモデルは10万円近くするブランド。
    芸能人はお金があるな、って思いました」 



    ※画像がコチラ


    セレブベビーカーを物色していたが、上原の暮らし向きは決して楽ではないようだ。

    2017年8月、女性セブンは、上原の前夫でヒップホップグループ『ET-KING』のTENNさん(享年35)の自死は、上原の不倫に一因があったとする遺族の証言を報じた。


    上原は沈黙を続けるが、仕事は激減。

    月200万円以上はあったとされる収入はほぼゼロに。

    高級マンションから引っ越し、築30年とも言われるアパートで暮らしているという。



    「昨年3月には2時間ドラマ『浅見光彦シリーズ』(フジテレビ系)にヒロインとして出演しましたが、視聴者からの評判はよくなかったと聞きます。
    こんな状況だからなかなか上原にオファーが出せません。
    ネットではいまもアンチが多いようで、SPEED時代からのファンとしては少し同情しちゃいますね」(テレビ局関係者)



    子育てで多忙な毎日を送る上原だが、ベビーカーを選ぶ表情は明るかったという。


    「上原さんは何台ものベビーカーに子供を乗せていました。
    長時間吟味していたようですが、納得がいかなかったのか、その日は買わなかったようでした」(前出の居合わせた客)

    上原が再び芸能界で輝く日は、いつになるのだろうか。


    http://news.livedoor.com/article/detail/16099676/
    NEWSポストセブン

    所長見解:もう無理でしょ・・・
    【【あの人は今】元SPEED・上原多香子さん、セレブなベビーカーを物色の模様・・・ 】の続きを読む

      このエントリーをはてなブックマークに追加
    1: (・ω・)/ななしさん

    「夜の歌舞伎町では、上を見ながら歩かないと危ない」

    日本一の歓楽街・歌舞伎町(東京・新宿)では、昨秋来、こんな言葉をよく聞くようになった。

    特に、「呪いのビル」の前では、冬の寒風に身を縮めながら上目遣いでビルの屋上を気にして、足早に通り過ぎる人が多い。

    大理石と重厚感ある石のエントランスが目を引く、高級感漂う8階建てのビル。

    その屋上から、昨年10月2日、20代の女性が飛び降り自殺を図った。

    午後7時頃、外階段で靴を脱いだ彼女は、腰ほどの高さの手すりを越えて屋上から転落。

    たまたま下を歩いていた歩行者の男性を直撃した。

    女性は救急隊の処置を受けたが、間もなく死亡。

    男性も右腕を折る重傷を負った。

    「目撃情報などから事件性はないと判断され、彼女が亡くなった背景はほとんど調べられなかった」(捜査関係者)

    昨秋以来、歌舞伎町で飛び降りが後を絶たない。

    その多くが若い女性だ。

    10月のわずか1か月間で、100mほどしか離れていない2棟のビルで起きた飛び降りは、未遂も含めて少なくとも7件。

    「呪いのビル」。

    今、歌舞伎町で2つのビルはそう呼ばれている。

    k


    しかし、事件性がない以上、警察は深くは調べないし、大きく報道されることもない。

    原色のネオンの陰に、人知れず若い命が消えている。

    飛び降りで亡くなった、前出の20代女性は、ホストクラブの常連客だった。

    まつげが長く目鼻立ちのくっきりした美人。

    風俗店で働きながら「担当」と呼ばれる目当てのホストに入れ込んでいたという。

    友人が語る。

    「彼女は『メイ』(仮名)という名前で歌舞伎町で遊んでました。
    ホストクラブに借金が200万円ほどあったみたい。
    全部、担当につぎ込んだって。
    メイは担当のことが本当に好きで、彼氏だと思っていたけど、『でも、裏切られたのかな…』って。
    完全に病んでた」

    女性が飛び降りた理由は借金苦ではなかったと、友人が続ける。

    「借金は風俗で働けばすぐに返せる額。
    それより、何百万円使っても担当が自分のことを“金づる”としか見ていないことに苦しんでた。
    あなたみたいにキレイなら、何でももっとうまくいきそうなのにって言ったら、メイは哀しそうに笑ってた。
    『もう、どうしようもないよ』って」


    このビルにはホストクラブやバーが15軒ほど入居する。

    周辺のビルも似たようなもので、目の前の通りは、通称「ホスト通り」。

    街では、女性たちの飛び降りとホストクラブを関連付ける声は根強い。

    「この街で30年以上暮らしていますが、今は異常事態です。
    現場の『ホスト通り』は飛び降りで、すっかり有名になりました。
    自殺騒動が一度起きると、SNSやツイッターで、一瞬にして拡散されていく。
    すると、悩みを持った人たちが同じ場所で繰り返し、それがまたネットで広がる。
    今や“自殺の聖地”のような扱いまでされています。
    夜の街だから、たしかにお金で苦しんで自殺を図る人は昔からいた。
    でも、ネットは自殺を呼び寄せ、増幅させます」(ホストクラブ幹部の1人)

    https://news.nifty.com/article/domestic/society/12180-173667/
     NEWSポストセブン


    所長見解:多いな・・・

    【【自殺者続出】歌舞伎町「呪いのビル」がコチラ・・・】の続きを読む

      このエントリーをはてなブックマークに追加
    1: (・ω・)/ななしさん

    「平成」が“歴史”になるにはまだ早い。

    にもかかわらず、すでに覆されようとしている“定説”もある。

    1994年(平成6年)9月24日未明に起きた宮沢りえ(45)の自殺未遂騒動をめぐり詳らかになった“新説”とは……。

    まだ夜も明けきらぬ午前5時。

    部屋に踏み込んだホテルの従業員がそこで目にしたのは、鮮血で真っ赤に染まった床と、腕にタオルを巻いて横たわる宮沢りえの姿であった。

    取材に携わった芸能記者が当時を振り返る。

    「あのとき、りえさんは国際映画祭に出席するため京都市内のホテルに母親と宿泊していたんです。
    しかし、彼女は深夜に一人でホテルを抜け出し、別のホテルにチェックイン。
    そして、部屋にあったガラス製のコップの破片で手首を切り、自殺を図ったのです」

    お騒がせ女優の自殺未遂騒動に世間は沸騰。

    りえ側はすぐさま単なる転倒による怪我だと自殺未遂を否定したのだが、

    「実は、この日、同じホテルの8階に、りえさんと親しかった中村勘三郎さんが宿泊していた。
    二人は騒動の前夜、祇園で会っていたこともあり、妻子のあった勘三郎と痴情のもつれの末、彼女が自殺未遂に至ったと見られていました」(同)

    しかし、『勘三郎伝説』の著者でエッセイストの関容子氏によれば、「しばらく経った頃、たまたま勘三郎さんとこの話をしたことがあったんです。
    彼は“もし自分の目の前で彼女が自殺未遂をしたのであれば、僕は必ず救急車を呼ぶ。
    自己保身に走ったり、逃げるようなことは絶対にしない”と、自分があの事件に関わっていたかのような当時の報道を強く否定しておられました」

    m


    恋する乙女
     
    道ならぬ恋が理由でないとすれば、真相はどこにあるのか。

    「ステージママの意のままに“宮沢りえ”を演じることに嫌気が差したんですよ」とため息交じりに話すのはさる事情通である。

    「あの親子は何をするにも一心同体で“一卵性母子”といわれたほどでした。
    母親は、りえさんに箔を付けようと、事あるごとにパーティーを開き、各界の大物を招いて“見合い”をさせた。
    彼女も母親のお眼鏡に適う人物でなければ交際することはありませんでした」

    しかし、そんなステージママも娘に“自我”が芽生え始めていたことまでは、気づけなかった。

    「あの当時、りえさんは市川猿翁の門弟だった若き歌舞伎役者に恋をしていたんです。
    でも役者といっても、満足に役も貰えないような名もなき若手。
    大物との交際を望んでいた母親に知られれば反対されるのは目に見えていました」(同)

    もっとも、そこは母親譲りの“激情型”である。

    恋情を抑えられるはずもなく、「りえさんは母親の目を盗んでは彼に電話をしたりして、愛を育もうとしていた。
    飲み会なんかで、彼の姿を目で追う彼女の表情は、恋する乙女そのものでしたね。
    でも、あの騒動の直前、りえさんは彼の知人から、彼に恋人がいることを知らされてしまったのです」(同)

    母親の意に沿わぬ片思い。

    しかしこのとき見せた一時の気の迷いすら、彼女は大女優への糧としてみせたのである。


    ディリー新潮
    https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20190115-00554925-shincho-ent


    所長見解:なぜ今更・・・

    【【衝撃の真相】宮沢りえ、自殺未遂事件のヤバ過ぎる新説がコチラ・・・】の続きを読む

      このエントリーをはてなブックマークに追加
    1: (・ω・)/ななしさん

    STAP細胞はあります――。

    彗星のごとく現れた割烹着のリケジョ・小保方晴子氏(35)は、論文に疑義が呈された後の会見で、こう言い放った。

    しかし、彼女が目下生きるのは“実験”とは真逆の“虚構”の世界なのだ。

    2014年(平成26年)1月。

    小保方氏が発表した「STAP細胞」は、世界中の注目を集めた。

    しかし、「発表からわずか2カ月後、共同研究者に論文撤回を呼び掛けられ、小保方さんは一転、“疑惑の人”に。
    加えて、研究の根幹をなす画像が博士論文からの流用だったことまで発覚し、7月には論文が取り下げられるのです」(全国紙記者)

    騒動後、長らく雲隠れを続けていた小保方氏は、2年の月日を経て、初の著書『あの日』を刊行。

    さらに、18年3月には『小保方晴子日記』を上梓した。

    著書の中で、16年6月から小説の執筆に取り組み始めたと明かし、すっかり文筆家気取りの小保方氏。

    だが、この騒動に犠牲者がいたことを忘れてはなるまい。

    「論文撤回直後の14年8月5日、小保方さんの最大の理解者だった笹井芳樹先生が研究所で自殺したのです。
    笹井先生は最後まで彼女のことを信じ、彼女宛の遺書には〈STAP細胞を再現して下さい〉と書かれていたといいます」(同)

    no title


    「STAP細胞はありましたか」小保方女史へ笹井未亡人からの質問

    小説を書く前にSTAP細胞を再現する気は本当にあるのか。

    恐らく、小保方氏にこの質問が出来るのは、故・笹井芳樹氏の妻を措いていまい。

    神戸市にある閑静な住宅街に未亡人を訪ねたところ、

    「小保方さんの著書は読んでいませんし、彼女のことは、もう視野の中にもありません」

    とした上で、こう話してくれた。

    「主人は彼女を信頼していましたし、当時はバタバタの中にいたこともあって、STAP細胞はあると信じてしまっていたんじゃないかと、今は思っています」

    かつて夫とともにSTAP細胞の存在に期待を寄せていた彼女だが、

    「やっぱり色々考える時間もあったので……」

    と、心境の変化があったことをほのめかすのだ。

    もっとも小保方氏個人を責めるつもりはないといい、

    「彼女は、ユニットリーダーという立場だったから、研究を一生懸命やろうとしたけど、付いて行けなかった。
    それで、もしかして、夢中になって間違えちゃったんじゃないかなとも思います」

    とはいえ、小説の執筆については、

    「小説を書くことは別にいいと思いますよ。
    でも、そこまで力が、文才があるかって言われたらどうなんですかね。
    真に小説として、例えば東野圭吾さんのような面白さがあるのか。
    結局、話題性ですよね」

    と首を傾げる。

    「彼女は(瀬戸内)寂聴さんとの対談でもSTAP細胞があるようなことを言っていたそうですが、それならば小説を書く前に実験をやっていただきたい。
    STAPがあると言うのだったら、それを証明するべきだと思います。
    実験は、日本じゃなくても出来るんですから。
    もし、彼女に会ったら、なんで実験をやらないのと聞いてみたい」

    平成のコペルニクスとなるか、はたまた“俗物”として終わるのか。

    小保方氏は未亡人の質問に何と答えるのだろうか。

    https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20190114-00554762-shincho-soci 


    所長見解:そうやね・・・

    【【あの人は今】自殺した笹井氏の未亡人から小保方女史へ「STAP細胞はありましたか」←これ・・・】の続きを読む

    このページのトップヘ

    ↑このページのトップヘ