歌舞伎

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    1: (・ω・)/ななしさん

    海老蔵と勘九郎 共演NGの亀裂!冷戦3年にあった格下放言事件

    「海老蔵さんと勘九郎さんは5年4カ月前の歌舞伎座での『陰陽師』公演以来、共演はありません。
    舞台や映画、ドラマなどの共演オファーは多数来ているようですが、話が進んでいないのが現実です」(歌舞伎関係者)

    来年5月の十三代市川團十郎白猿の襲名を発表した市川海老蔵(41)と、今年の大河ドラマ『いだてん~東京オリムピック噺~』の主演を務める中村勘九郎(37)。

    実父を同時期に亡くし、自らの子供も襲名、また大河ドラマの主演経験など共通項の多い歌舞伎界のプリンス2人。

    彼らの間に“深刻な溝”ができているという。

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    「海老蔵さんの屋号『成田屋』は成田山新勝寺に由来していますが、その成田山節分会の豆まきに今年は5年ぶりに海老蔵さんが登場します。
    通例、大河ドラマの主役も登場しますが、今年の『いだてん』では阿部サダヲさんが出席。勘九郎さんの名前はありません」(別の歌舞伎関係者)

    2人の間にいったい、何が――。

    成田屋と中村屋の因縁は2人の祖父の代に遡ると話すのは、歌舞伎に詳しい作家・中川右介氏だ。

    「そもそも、十一代目團十郎と十七代目勘三郎は犬猿の仲でした。
    公演は基本的に別々に行っていましたが、同じ歌舞伎座に出ることになった際、楽屋を巡ってけんかになったのです」

    双方の父親、市川團十郎(享年66)と中村勘三郎(享年57)が亡くなった13~14年ごろは、海老蔵と勘九郎は特に親密だった。

    2人の間でプライベートな交流がうかがえるのは、3年前の海老蔵の誕生日、15年12月6日付が最後だった。

    《さっき勘九郎くんと藤原竜也くんからおめでとう電話が。
    嬉しかったな。一緒に舞台やテレビしたいです》

    共演したい、と綴っていた海老蔵だが…

    前出の歌舞伎関係者は言う。

    「2人の間に亀裂が入ったのは、両家の海外公演にまつわる海老蔵さんの一言だったと聞きます」

    それは、勘九郎が14年7月に弟・中村七之助(35)、中村獅童(46)らとともに、亡き父が心血注いで築き上げた「平成中村座ニューヨーク公演」を成功させた話題が出たときだったという。

    「海老蔵さんが周囲に『平成中村座? こちとらオペラ座だ!』と“軽口”を叩いたというんです。
    その話が、廻り回って勘九郎さんの耳にまで届いてしまった。
    勘三郎さんの志を揶揄したと怒り心頭の勘九郎さんは先輩である海老蔵さんに直接、文句を言ったというんです。
    みんな驚いてました。
    勘九郎さんが声を荒らげるのは、息子への教育以外は聞いたことがないほど、ふだんは温厚な方。
    その勘九郎さんが、意を決したというんですから……」(前出・歌舞伎関係者)

    海老蔵としても、言い分はある。

    海老蔵は、07年に父・團十郎さんとともにパリ・オペラ座での初の歌舞伎公演を成功させている。

    「“こっちは由緒あるフランスの宮殿で初めて歌舞伎をやったんだ”という自負からの言葉だったわけで、本人に聞かせようと言ったわけではなかったと思います。
    ただ、2人は距離を置くようになりました」(前出・歌舞伎関係者)

    “格下”放言の舌禍は周囲にも波及したと話すのは、舞台関係者。

    「本人同士の感情に加え、周りの人々が特に気を使うようになりました。
    いまや2人は『成田屋』と『中村屋』の家長。
    これ以上、お互い悪影響が及ばぬようにといった配慮から、共演させないようにしていると聞いています。
    2人は17年の俳優祭『六歌仙容彩』の際、一列に並んだ端と端に立ったことはありますが、舞台上で直接の会話はありませんでした。
    今回の襲名披露で共演することで、2人の“冷戦”関係に良い変化が出ることを周囲は願っているようです」

    (以下略、全文は引用元サイトをご覧ください。)

    https://jisin.jp/entertainment/entertainment-news/1703800/


    所長見解:そうなの・・・

    【【歌舞伎】市川海老蔵と中村勘九郎 共演NGのヤバ過ぎる理由・・・】の続きを読む

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    1: (・ω・)/ななしさん

    「平成」が“歴史”になるにはまだ早い。

    にもかかわらず、すでに覆されようとしている“定説”もある。

    1994年(平成6年)9月24日未明に起きた宮沢りえ(45)の自殺未遂騒動をめぐり詳らかになった“新説”とは……。

    まだ夜も明けきらぬ午前5時。

    部屋に踏み込んだホテルの従業員がそこで目にしたのは、鮮血で真っ赤に染まった床と、腕にタオルを巻いて横たわる宮沢りえの姿であった。

    取材に携わった芸能記者が当時を振り返る。

    「あのとき、りえさんは国際映画祭に出席するため京都市内のホテルに母親と宿泊していたんです。
    しかし、彼女は深夜に一人でホテルを抜け出し、別のホテルにチェックイン。
    そして、部屋にあったガラス製のコップの破片で手首を切り、自殺を図ったのです」

    お騒がせ女優の自殺未遂騒動に世間は沸騰。

    りえ側はすぐさま単なる転倒による怪我だと自殺未遂を否定したのだが、

    「実は、この日、同じホテルの8階に、りえさんと親しかった中村勘三郎さんが宿泊していた。
    二人は騒動の前夜、祇園で会っていたこともあり、妻子のあった勘三郎と痴情のもつれの末、彼女が自殺未遂に至ったと見られていました」(同)

    しかし、『勘三郎伝説』の著者でエッセイストの関容子氏によれば、「しばらく経った頃、たまたま勘三郎さんとこの話をしたことがあったんです。
    彼は“もし自分の目の前で彼女が自殺未遂をしたのであれば、僕は必ず救急車を呼ぶ。
    自己保身に走ったり、逃げるようなことは絶対にしない”と、自分があの事件に関わっていたかのような当時の報道を強く否定しておられました」

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    恋する乙女
     
    道ならぬ恋が理由でないとすれば、真相はどこにあるのか。

    「ステージママの意のままに“宮沢りえ”を演じることに嫌気が差したんですよ」とため息交じりに話すのはさる事情通である。

    「あの親子は何をするにも一心同体で“一卵性母子”といわれたほどでした。
    母親は、りえさんに箔を付けようと、事あるごとにパーティーを開き、各界の大物を招いて“見合い”をさせた。
    彼女も母親のお眼鏡に適う人物でなければ交際することはありませんでした」

    しかし、そんなステージママも娘に“自我”が芽生え始めていたことまでは、気づけなかった。

    「あの当時、りえさんは市川猿翁の門弟だった若き歌舞伎役者に恋をしていたんです。
    でも役者といっても、満足に役も貰えないような名もなき若手。
    大物との交際を望んでいた母親に知られれば反対されるのは目に見えていました」(同)

    もっとも、そこは母親譲りの“激情型”である。

    恋情を抑えられるはずもなく、「りえさんは母親の目を盗んでは彼に電話をしたりして、愛を育もうとしていた。
    飲み会なんかで、彼の姿を目で追う彼女の表情は、恋する乙女そのものでしたね。
    でも、あの騒動の直前、りえさんは彼の知人から、彼に恋人がいることを知らされてしまったのです」(同)

    母親の意に沿わぬ片思い。

    しかしこのとき見せた一時の気の迷いすら、彼女は大女優への糧としてみせたのである。


    ディリー新潮
    https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20190115-00554925-shincho-ent


    所長見解:なぜ今更・・・

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    1: (・ω・)/ななしさん

    松竹は14日、人気歌舞伎俳優の市川海老蔵さん(41)が、来年5月に江戸時代から続く歌舞伎の大名跡「市川團十郎」を十三代目として襲名することを発表した。

    「團十郎白猿」と名乗る。

    同時に長男、堀越勸玄(かんげん)くん(5)も八代目市川新之助を襲名し、初舞台を踏む。

    襲名披露興行は同年5~7月の東京・歌舞伎座を皮切りに、全国で行われる予定。


    海老蔵さんの父、十二代目團十郎さんも昭和60年、歌舞伎座での襲名興行を、異例の3カ月にわたり行い、この中で海老蔵さんは七代目市川新之助(当時)として初舞台を踏んだ。

    成田屋(團十郎家の屋号)の襲名は35年ぶり。

    十二代目は平成25年に亡くなったため、「團十郎」の名跡復活は7年ぶりとなる。


    市川團十郎家は代々「江戸随市川(ずいいちかわ)」とたたえられた、江戸時代から続く歌舞伎の名門。

    海老蔵さんは昭和52年、東京都生まれ。

    新之助時代から、尾上(おのえ)菊之助さん、尾上辰之助(現松緑)さんとともに「平成の三之助」として人気を集め、平成16年に十一代目海老蔵を襲名。

    華やかな容姿と声の良さで注目され、家の芸「歌舞伎十八番」を継承するほか、新作や海外公演も積極的に行っている。

    22年にフリーアナウンサー、小林麻央さんと結婚したが、29年に死別した。

    https://www.sankei.com/entertainments/news/190114/ent1901140001-n1.html

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    所長見解:いいやん・・・

    【【襲名】市川海老蔵 → 團十郎へ 】の続きを読む

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    1: (・ω・)/ななしさん

    自分語りばかり、自己アピールが目に余る…などと、これまでに何度も批判を浴びた藤原紀香のブログが、またしても同様の理由から大ブーイングを浴びている。

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    問題の文言は12月15日更新の「本気で山登り」というタイトルのブログで飛び出した。

    この投稿で紀香はテレビの情報バラエティ番組で山登りをしたことを報告。

    続けて、自身の登山歴をこうアピールしたのだ。

    《実は、プライベートでは屋久島最高峰であり九州地方最高峰である宮之浦岳を登りきったこともあります。》

    《80度の斜面をロープを使い、登ふこともありますし、熊野古道のきつい山道も、ガシガシ行きます。》といった具合だ。

    他にも霧で道を見失いひやりとしたことや、景色を見ながら食べるカップラーメンが世界一美味しいとの文章もある。

    「これがいつもの自分語りだと捉えられています。
    これまで紀香が登山を楽しんでいるという話は聞いたことがないので、そういう印象をもたれるのは仕方ないことかもしれません」(芸能ライター)

    さらに文章の随所に“上から目線”が感じられるとの指摘もある。

    「例えば《ガチで山小屋で知らない方たちと泊まり》
    《普通の登山人として 山登りを満喫しています》というあたりにそれが感じられますね。
    とくに《普通の登山人》というフレーズは、わざわざ“普通の”と書く必要があったのでしょうか」(前出・芸能ライター)

    同じ投稿の中で「モクズガニ」を「もずく蟹」と間違えている藤原紀香。

    そんなワキの甘さもネット民の癇に障る原因になっているのかもしれない。

    http://news.livedoor.com/article/detail/15765948/


    所長見解:恒例やね・・・

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    1: (・ω・)/ななしさん

    12月16日にテレビ朝日で放送された『路線バスで寄り道の旅』にゲストとして女優の藤原紀香が登場した。

    本番組は徳光和夫と田中律子がゲストと共に路線バスへ乗り、寄り道を楽しむという番組で、2015年からレギュラー放送されている。

    藤原はこの番組初登場で、徳光および田中と、高田馬場、新大久保、高円寺の大学や神社、定食屋などを訪ねた。

    あまり「街ブラ」系の番組に出演しない藤原であるが、持ち前の明るさを武器に一日のロケを終えた。

    しかし、視聴者の一部では、この日の藤原のファッションが注目を集めた。

    この日の藤原はピンク色のコートに黄色いセーターにジーンズ、さらに、アクセサリーとしてイニシャルネックレス、パンダのぬいぐるみをあしらったバッグを腕にかけ登場。

    徳光が白のセーターに黒のズボン、田中が黒のコートに赤と黒のチェック柄のズボンという普段着をイメージした衣装だけに、藤原の衣装は派手そのもので、SNSなどでは「藤原紀香のファッションセンスがひどい!」「ひとりだけ浮き過ぎ!」といった辛辣な投稿が相次いだ。

    「藤原紀香さんのファッションセンスがあまり良くないことは、業界では暗黙の了解です。
    もちろん服を選ぶコーディネーターなどは身近にいるのですが、自身のファッションセンスによほど自信があるのか、あまり意見を聞かないようです。
    今回の衣装も自身が選んだ服か、持っている私服だと思いますが、あまりいいセンスだとは思えませんね……」(放送作家)

    また、この日は寄り道として平安時代から続く諏訪神社へお参りに向かったところ、藤原は小銭を賽銭箱へ高く投げ入れ、二礼二拍一礼でお参りを行うシーンも放送された。

    徳光も「あんなに(小銭を)高く投げるの?」と驚いていたが、「オススメはしないですが、私はいつもこうしてます」と返答した。

    「二礼二拍一礼」は神社参りとしては正式な形(注・出雲大社、伊勢神宮などは別作法)ではあるが、小銭を高く投げ入れるのは混雑する神社の場合はマナー違反となるため、藤原の方法が正しいものかは意見が割れるところだが、おしとやかさも要求される「梨園の妻」としては、服装も含め「落ち着きがない」と評されても仕方がないところだろう。

    来年で片岡愛之助と結婚3年目となる藤原紀香。

    来年はもう少し、梨園の妻の貫禄を見せて欲しいところだが……。

    http://dailynewsonline.jp/article/1614062/

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    所長見解:普通やね・・・

    【【派手衣装】藤原紀香、また「梨園の妻」の評判を下げる問題。 】の続きを読む

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