本木雅弘

      このエントリーをはてなブックマークに追加
    1: (・ω・)/ななしさん

    本木雅弘(53)と、長男でモデルのUTA(うた)(21)の“初共演”が実現した。

    4月13日から流れているテレビCM「サントリー天然水 GREEN TEA」でのことだ。

    「メインはUTA演じる学生だが、彼が仕事中の本木をスマホで写真に撮ろうとし、気づいた本木が手を振る場面がある。
    UTAは固くなっていたそうだが、本木は『正直、恥ずかしい』と言いながらも『不思議な時間の流れ』と感慨深げでした」(放送記者)

    この父子には身内の不幸が相次いだ。

    昨年9月の樹木希林(享年75)、今年3月の内田裕也(享年79)。

    本木にとって義父母にあたる。

    「妻・内田也哉子(43)との結婚の際に婿養子に入った本木は、妻とともに葬儀を仕切り、4月3日の裕也さんの『お別れ会』では『滞りなくこの会を終えたことはある意味、奇跡だと思う』と述べていた。
    生前の希林さんに『内田家を頼む』と哀願された約束を守り、男を上げた。
    気丈に振る舞う、父親似のイケメンにして190センチの長身、UTAの姿にも注目が集まり、父子初共演はテレビ界も狙っていた」(芸能デスク)

    m


    ◇ 本木が“脱アイドル”できた理由

    本木は1982年、薬丸裕英(53)、布川敏和(53)とともに「シブがき隊」としてジャニーズ事務所からデビュー。

    だが、3人の不協和音から6年後に解散。

    本木は事務所を離れた。

    「翌年、周防正行監督の映画『ファンシイダンス』に坊主頭で主演、いち早く俳優への転身も図りつつも、92年に出場した紅白歌合戦ではコン○ームをぶら下げた衣装でパフォーマンス。
    “脱アイドル”を鮮烈に印象づけた。
    2009年『おくりびと』がアカデミー賞外国語映画賞を受賞して以降は、押しも押されもせぬ大物俳優です」(同前)

    “脱アイドル”“脱ジャニーズ”の最たる成功例とも評される本木。

    「まだジャニーズが本格的に俳優に進出していない時期で、直接古巣とバッティングしない道を選んだことが奏功した。
    主演にはこだわらず、出演作を厳選。
    『日本のいちばん長い日』(15年)の昭和天皇役は出色だった。
    来年のNHK大河ドラマ『麒麟がくる』での斎藤道三役もどんな本木カラーを出すか、注目されている」(映画関係者)
     
    迷える現役ジャニーズ勢にとって、何よりのお手本。

    https://bunshun.jp/articles/-/11559

    所長見解:そうやね・・・

    【【元シブがき隊】本木雅弘が「脱ジャニーズ」できた衝撃的すぎる理由・・・】の続きを読む

      このエントリーをはてなブックマークに追加
    1: (・ω・)/ななしさん

    先日パリで発表されたCOMME des GARÇONS HOMME PLUSやUNDERCOVERの2019SSコレクションでモデルデビューを果たし、ランウェイに新しい音色を奏でたUTAに迫る。


    UTA Wears Top LOUIS VUITTON

    「漢字では“雅樂”と書くんです。
    今までにUTAと読めた人はなかなかいないんですけどね。
    小学生のころは、珍しいのでよく馬鹿にされたり、自分の名前に嫌悪感を抱いていたこともありました。
    のちに、名前の由来を両親に訊くと、『雅樂には、日本古来の神に捧げる音楽・歌という意味がある』と教えてくれました。
    今では、印象に残る名前だね、と言われる方が多くなってきましたし、けっこう気に入っています」

    UTAとは何者なのか?
    彼を語るには、バスケットボールというスポーツが欠かせないだろう。
    UTAがバスケットボールに出会ったのは小学校5年生のころ。
    それから約10年間休むことなく、現在もプレーを続けている。

    「バスケをしていると、他のスポーツや日常では感じることができない自由さを感じることができるんです。
    トリックやムーブなど、自分のスタイルを決めてプレーし、そのスタイルをどんどん進化させていく。
    身体が大きく影響するスポーツですが、案外奥深くて、だからこその面白みがあるんです」

    高校は米国のIMG ACADEMYという名門スポーツ校へ、そして大学はカリフォルニア州にある強豪校へ入学するなど、バスケットボールと共に人生を歩んできたUTA。
    厳しい練習を通して、彼が体得してきたものは、スキルや強靭な精神だけではなかった。
    各国を渡りながら得た“モノ”--それがファッションへの興味だった。

    「中学時代は、留学先のスイスで過ごしていました。
    そのころから、着る洋服を自分で選び始め、着こなしというものを意識するようになりました。
    それにヨーロッパという土地柄、ロシア人やフランス人の装い、それにイタリア人の装いとでそれぞれのスタイルの違いもわかるようになり、服にはTPOがあることも学びました。
    バスケのユニフォームの着方でさえも異なるんです。
    一方はオーバーサイズで、もう一方ではジャストサイズ、ちなみに自分は流行りに逆行して、短めで機能的な短パンが好みでした。
    着こなしは、文化に加え、その人のパーソナリティが反映されるんです。
    アメリカに行ってからも『これがアメリカのスタイルなんだな、東と西でもこんなに違うんだ』と面白く観察しています。
    ただ洗練された服ではなく、その人の育ってきた背景を感じるようなスタイルは魅力的ですよね」


    早くもパリのモデルエージェンシーと契約を交わしたUTA。
    そもそもUTAがモデルを始めたのはなぜなのだろう?
    度々モデルの誘いを受け、バスケットボールとの両立を悩むなか、祖母に言われた言葉がひとつの大きなきっかけとなった──
    「ある種、服というのは内面を映す鏡。同じ服を着てもみんな違って見える。
    いろいろな服を着ることで、より自分を客観視できる。
    それは生きていく上でも大切なこと」

    今回六本木で行われた、UTA自身初となるファッション撮影。
    写真家は鈴木親、スタイリストは北村道子というタッグで行なわれた。
    ラックにはCOMME des GARÇONS HOMME PLUSから Dries Van Noten、BALENCIAGA、さらにLouis Vuittonなどさまざまな洋服が用意されていた。

    「服の持つ強烈なパワーに正直圧倒されました。
    でも、こんな服も自分に似合うのかという発見があり、年齢や時代をトリップしたような、自分では知り得なかった自分を少し垣間みることができた気がします」

    https://i-d.vice.com/jp/article/mbkwwa/uta-the-rising-star-in-paris

    no title


    所長見解:ちょっとな・・・

    【【モデルデビュー】本木雅弘の息子がコチラwwwww】の続きを読む

    このページのトップヘ

    ↑このページのトップヘ