愛人

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    1: (・ω・)/ななしさん

    このたび、夫人との離婚成立が明るみに出たビートたけし(72)。

    かねてより存在が報じられていた18歳年下の愛人との「老いらくの恋」に、周囲は困惑を隠せない。

    国民的スターのカネをめぐり、こんな“実害”も生じているのだ。

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    東京・銀座の、とある喫茶店。

    店を取り仕切る老婦人とたけしは長年の付き合いがあり、店内にはたけし直筆の絵が何枚も飾られている。

    ところが最近になり、たけしの所属事務所「T.Nゴン」から、絵を引き揚げると告げられたという。

    「たけしさん自身に思うところはないんですが……。勘弁してください」

    老婦人はこう語るのみだが、たけしを知る芸能関係者は “愛人が、絵を売って金にしようとしているんです” と解説する。

    「3年前、銀座の老舗デパート『松屋』でたけしさんの個展が開かれ、絵の価値が上がったから、売り時と考えているんだそうです。
    たけしさんもその気になって、『描いた絵を全部売れば数十億円になる』と豪語しているとか」

    さらに、テレビ出演のギャラをめぐっても、愛人の影が垣間見える。

    現在、1本300万円程度が相場とされるたけしのギャラだが、「昨年の独立後、それを1・5倍にするよう要求してきた。
    愛人の意向としか思えないが、『テレビ不況』が長引いているなか、到底飲むことはできない。
    『これまでうちの番組ではこの額でやってきていただいていますし……』と言って、何とか要求をはぐらかしています」(民放キー局の社員)

    背景には、100億円とも200億円とも言われるたけしの財産を、離婚協議で夫人が勝ち取ったことがあるという。

    「今後たけしに稼いでもらわないと愛人にとっての旨みはなくなってしまう。
    だから、ギャラの引き上げや、絵の売却を進めているんでしょう。
    周囲の人は皆、彼女に振り回されるたけしを心配しつつも、聞く耳を持たない彼に誰も直言できず困っているようです」(芸能記者)

    たけし側は、週刊新潮の指摘を〈事実に反する内容〉と否定するが……。

    ヘアメイクやスタイリストなど、長年連れ添ってきたスタッフたちが、次々とたけしの元を去って行っているとの証言もある。

    国民的スターが汚す晩節。

    6月20日発売の週刊新潮で事態を詳しく報じる。


    https://www.dailyshincho.jp/article/2019/06191700/?all=1

    所長見解:もうね・・・

    【【悲報】 ビートたけしの愛人さん、たけし絵画売却にギャラ1.5倍要求の模様・・・】の続きを読む

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    1: (・ω・)/ななしさん

    タレントのビートたけし(72)が、5月に幹子夫人(67)と離婚したことが12日、分かった。

    長く別居してきたが、40年にわたる関係に正式にピリオドを打った。

    200億円以上ともされる莫大(ばくだい)な財産をたけしが夫人に渡すことで“決別”。

    自らの資産を捨てて、愛人とされてきた18歳年下の女性パートナーA子さんとの“愛”を選んだ形だ。

    残りの人生を謳歌(おうか)するための、令和元年の再出発だ。

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    関係者によれば、離婚が成立したのは5月。

    互いに弁護士を立てての協議離婚で、数年にわたって話し合いを続けてきた。

    代理人弁護士も「離婚したのは事実です。それ以上お話しすることはない」と話した。

    財産分与の話し合いでは、たけしがほぼ全ての財産を幹子さんに渡すことで同意したとみられる。

    幹子さんが受け取る財産は、金額に換算すると200億円以上になりそうだ。

    知人は「個人資産で100億円、会社名義で100億円以上あったものを全て渡す形になったと聞いている。

    大切にしてきた高級外車のコレクションも手放すことになった」と明かした。

    残ったのは、15年に立ち上げた新事務所「T.Nゴン」を兼ねた東京都世田谷区内の自宅だけだ。

    72歳の今もなお、テレビのレギュラー番組6本を抱えるなど売れっ子のたけしは、年収10億円超とされる。

    17年4月から新事務所に仕事の報酬が振り込まれているが、それまでは幹子さんが数十年にわたって収入を管理。

    「たけしさんは月額300万から400万円のお小遣いをもらってやりくりしてきた」(関係者)といい、多額の資産を残している。

    海外セレブが離婚に際して超高額の慰謝料を支払うことは多々あるが、日本では異例の金額。

    テレビ関係者は「日本の芸能界で史上最高額の“手切れ金”であることは間違いない」と目を丸くした。

    たけしは「40年かかったけどやっとケジメがついた。これでA子と歩んでいける」と周囲に話しているという。

    別の知人は「たけしさんが再婚したとは聞いてない。面倒なことはもう嫌でしょうし、今後することもないでしょう」と話しており、このままの関係を続けていくとみられる。

    A子さんとは7年前に出会い、交際を続けてきた。

    仕事の相談相手になるなど、たけしは絶大な信頼を寄せている。

    公私両面で欠かせない存在。

    自身の手元に唯一残した財産である自宅が、2人の愛の巣だ。

    一方、幹子さんの周囲は「思うところもあるだろうが、納得している様子です」と明かした。

    ブレーク前の70年代から交際し、83年に結婚。

    当時から既に別居状態で、幹子さんが離婚を求めたこともあったが、婚姻関係だけは続けてきた。

    その2人が、40年目に決めた熟年離婚。

    型破りな生き方をしてきたたけしだが、最終章に入っていく人生を見据えて選んだのは、お金ではなく愛だった。

    https://news.livedoor.com/article/detail/16610171/

    所長見解:すごいな・・・

    【【離婚成立】ビートたけし、手切れ金200億円の模様・・・】の続きを読む

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    1: (・ω・)/ななしさん
     
    ビートたけし(72)が幹子夫人と離婚していたことが12日、分かった。

    仕事先などに連絡が入っており、関係者はこの日、本紙の取材に「離婚成立」を認めた。

    互いに弁護士を立てての協議離婚で、5月に成立したという。

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    財産分与については、たけしが夫人側の意向をほぼ全面的に受け入れた。

    知人は本紙の取材に「お金よりもパートナーとの将来と人生を選んだようだ」と話している。

    たけしをめぐっては、18歳年下のビジネスパートナーの女性と新会社設立を端緒とし、昨年3月いっぱいで「オフィス北野」から独立、同4月1日から拠点を新会社「T.Nゴン」に移した。

    その中で、幹子夫人との離婚に向けた話し合いが水面下で進んでいた。

    たけしは幹子夫人と1983年に結婚。

    1男1女に恵まれた。

    かつても不倫や隠し子騒動が発覚し、86年には「フライデー襲撃事件」などを起こした過去もあるが離婚はしなかった。


    https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190612-00000107-spnannex-ent

    所長見解:どうなんやろね・・・

    【【速報】ビートたけし、離婚が成立し莫大な財産の行方がコチラwww】の続きを読む

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    1: (・ω・)/ななしさん

    「20年以上たけしさんを担当していた50代の女性専属スタイリストのSさんが3月いっぱいで解雇されたんです。
    今は特定のスタイリストがいないため、衣装の色合いやサイズにバラつきが出ています」(テレビ局関係者)


    「オフィス北野」から独立し、昨春から新事務所「T.Nゴン」で活動を開始したビートたけし(72)。

    取締役には愛人と報じられている18歳年下のAさん(53)も名を連ねる。

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    前出の関係者は続ける。

    「Sさんは、たけしさんの先代スタイリストの助手だったんです。
    長年、たけしさんのあのイメージを作り上げてきた“陰の功労者”でした。
    愛想のよい、少しふくよかな女性で、現場の潤滑油になっていた貴重な存在。
    芸人仲間やテレビ局のスタッフたちの間でも、とても親しまれていたんです」

    そんな彼女に、突如のクビ宣告。

    いったい何があったのだろう。

    「スタイリストは仕事上、採寸や衣装の微調整のためタレントさんの体に触れることがありますが、Aさんがその行為を許せなくなったようなんです。
    今年1月、Aさんは突然『たけしの体に触るな!』と激怒してSさんに契約解除を言い渡したとか。
    『オフィス北野』時代からの重鎮スタッフが間に入ってAさんに再考を促したそうですが、彼女が翻意することはありませんでした」

    “嫉妬”ゆえの決断なのだろうか。

    たけしを知る制作関係者は言う。

    「Aさんは今の事務所の共同経営者でもありますから、たけしさんに古くから関わっている関係者を改めて“精査”しているようです。
    同時期に喫煙問題で解雇されたスタッフもいたそうです。
    “たけしさんがAさんの言うことしか聞かない状態なのをいいことに、言うことを聞く人で周囲を固めようとしている”という声も聞きます」

    実際、たけしの長男・北野篤氏(38)は、『週刊文春』5月2日号で、こんな不安を漏らしている。

    《実はもう父とは二年近く連絡が取れない状態が続いています》

    《父の周りにいる顔ぶれもすっかり変わり、そうした人たちの悪い噂も見聞きするようになった。この状態を放置している父は何を考えているのか。何もできないのでしょうか》


    前出の制作関係者はこう語る。

    「たけしさんは周りから『殿』と崇められていますが、Aさんだけは最初から違いました。
    叱ったり罵倒したりすることもあります。
    そうかと思えば、パジャマからズボンにはき替えさせたり、靴下をはかせてくれたりと何も言わずとも身の回りのことをやっていました。
    亡き最愛の母・さきさんがまさにこのタイプ。
    Aさんはたけしさんの“理想の女性”だったんでしょうか……」

    たけしの知人によれば「Sさんの契約が3月で満了しただけ。
    新事務所の経費削減の一環」だというが、“専横”ととらえかねない言動なのでは――。

    https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20190514-00010001-jisin-ent

    所長見解:もうね・・・


    【【これはひどい】ビートたけし、周知のスタッフが次々と解雇されている理由・・・】の続きを読む

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    1: (・ω・)/ななしさん

    「何も知らない18歳のころから、師匠を尊敬し、信頼し、すべてを捧げてきました…」

    16年に、6代目・桂文枝師匠との愛人関係を『FRIDAY』に告白した、演歌歌手の紫艶さん。

    18歳のとき『吉本演歌歌謡曲選手権』で優勝。

    00年には日本有線大賞新人賞を受賞した彼女が、19年3月7日に都内のマンションで独り、帰らぬ人となっていた……。

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    「3月11日の昼間、事務所に彼女のお母さんから『毎日、電話をくれる娘が3月7日を最後に連絡が取れない』という電話がありました。
    大家さんにも連絡していたようで、その方が紫艶さんを見つけて下さったんです」

    そう話すのは、16年4月から彼女が所属している芸能プロダクション社長のA氏。

    文枝と別れ、愛人関係を告白したあと、この事務所に入った。

    「文枝さんに捨てられた直後、紫艶さんの精神状態はとてもひどく、リストカットを繰り返してしまったそうです。
    彼とは18歳のときから38歳まで20年間付き合い、“初めて好きになった人が文枝さんだった”って涙ながらに話したこともありましたよ。
    ただ、今の事務所に入ったことをきっかけに、“彼のことを忘れて頑張る”って話してくれましたし、実際にそれからは、一度も自殺未遂のようなことは無かったって聞いていますよ」(レコード会社関係者)

    大家さんから紫艶さんが亡くなったことを聞いた彼女の母親は、兵庫県から着の身着のままで上京。

    事務所スタッフと一緒に遺体に対面すると、その場に泣き崩れてしまったという。

    自宅で亡くなっていたため、遺体は司法解剖に。

    その結果、「病死」という判断が下された。

    多くの種類の薬を服用していため、それが死因ではないかと伝えられたという。

    「精神的に弱かったので、薬を服用していることは知っていました。
    それは初めて私と会ったときから飲んでいましたね。
    彼女はお酒を一滴も飲めないんですが、薬の影響か、ひどいときは呂律が回らないこともありました。
    何か所も病院に通っていたようで、それは警察から聞いて初めて知りました。
    部屋には薬がいっぱいあったようで、薬の飲み合わせが悪くて、命を落としてしまったのかもしれませんね」(同・A氏)

    葬儀は3月15日に都内で肉親と事務所スタッフだけで、ひっそりと執り行われた。

    「葬儀で紫艶さんはメイクをしていて、なんか映画やドラマのワンシーンをみている感じでした。とてもキレイでしたし、“トントン”って叩いたら、いまにも起きてきそうで…」(同・A氏)

    当時、文枝はFRIDAYの報道を受けて、愛人関係を否定。

    「2年前に会ったのが最後」と話していたが、最近まで2人がやり取りしていた『LINE』が出てくるなど、泥沼の不倫劇だった。

    釈明会見では、紫艶さんのことを「娘のような感じで応援していた」と話していた文枝。

    いったい、彼女の死をどう受け止めるのだろうか。

    そこで、平成最後となる4月30日。

    一門会が終わり、大阪にある寄席『天満天神繁盛亭』から出てきた桂文枝を直撃取材した。


    ――すみませんFRIDAYデジタルですが、3月7日に紫艶さんがお亡くなりになったのをご存知ですか?

    「え、誰が?」

    と、怪訝そうに名刺を受け取る。

    ――紫艶さんです。

    「ほんまか…(絶句)」

    驚いた表情で顔を上げ、まっすぐ記者を見つめる。

    ――師匠と20年間お付き合いした彼女が、41歳という若さで亡くなったんですよ?

    「……」

    何か言いかけたが、運転手にうながされ車に乗り込むと、そのまま走り去ってしまった。

    「歌のレッスンも定期的にしていましたし、自分でカラオケに行ってCDを作って持ってきてくれたこともありました。本格的に歌手活動も再開しようと話していたんですよ。それなのに…」(前出・A氏)

    あまりに切なく早すぎる“歌姫”の死。

    きっと天国から『令和』の新時代を眺めているに違いない…。
     

    https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20190502-00010001-friday-ent

    所長見解:つらいな・・・

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