ミュージシャン

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    1: (・ω・)/ななしさん
     
    歌手の石井竜也(58)が9日放送のTOKYO MX「5時に夢中!」(月~金曜・後5時)に出演。
    自身のバンド「米米CLUB」の解散理由について、「金のぶんどり合いですね」と、ぶっちゃけた。

    kc


    自身の紹介フリップの中で「82年に米米CLUBを結成。
    92年に「君がいるだけで」が289万枚の大ヒットも97年に解散」と紹介された石井だが、解散理由を聞かれると、「(メンバー間の)金のぶんどり合いですね。
    当時はメンバーがハゲタカに見えました」と共演者も思わずどん引きする過激発言。

    「どうやって、メシを食っていくかみたいな話になっちゃった。
    僕はバンドで一番大事なものはチームワークだと思っていたけど、曲を作る時に順列ができちゃって良くなくなった。
    俺は金よりチームワークを選んだということです」と率直に打ち明けた。

    スポーツ報知
    https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20180209-00000188-sph-ent

    所長見解:懐かしいね・・・
    【【壮絶暴露】米米CLUBの解散理由は「金のぶんどり合いですね」ってよwwwwwww】の続きを読む

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    1: (・ω・)/ななしさん
     
    2014年に結婚した歌手の中島美嘉(34)と男子バレーボール元日本代表の清水邦広(31)が2日に離婚したことを3日、正式発表した。
    清水が自身のツイッターに文書をアップし「この度、私たちは2月2日に離婚届を提出しましたので、ご報告させていただきます」と連名で報告した。

    「2人でしっかり話し合いを続けてきた結果、別々の道という選択肢がお互いの将来のために最善であると考えました」と説明。
    「東京と大阪でのそれぞれの生活が多く、家族としての時間を作ることが難しかったですが」と遠距離生活の難しさを理由に挙げ「これまで一緒に過ごした時間はかけがえのないものですし、感謝しています。
    今後もお互いに夢を追いかけ、お互いの人生を応援していきたいと思います。
    皆様これからもよろしくお願いいたします。清水邦広 中島美嘉」とした。

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    2人の離婚は2日、明らかに。
    スポニチ本紙の取材でも、離婚原因となったのは2人の距離。
    中島が東京を拠点に歌手活動する一方、清水は大阪を拠点とするパナソニック・パンサーズでプレーしている。
    結婚前から遠距離恋愛だったが、結婚後も中島が東京と大阪を頻繁に行き来。
    2人の愛の巣として大阪に借りたマンションで、清水の選手生活をサポートしてきた。
    ただ、中島も音楽活動で多忙なため、完全に同居することは最後までできなかった。

    出会いはバレーボール観戦が好きな中島の一目ぼれがきっかけ。
    11年夏頃に交際を開始し、14年のクリスマスに結婚した。

    スポニチ
    https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20180203-00000083-spnannex-ent


    所長見解:ラブラブだったのにね・・・
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    1: (・ω・)/ななしさん

    「ET―KING」いときんさん死去 38歳 昨年8月肺線がん公表

    大阪を拠点に活動する人気ヒップホップグループ「ET―KING」のリーダー、いときん(本名・山田祥正=やまだ・よしまさ)さんが31日、大阪府和泉市内の病院で死去した。38歳。兵庫県三田市出身。
    昨年8月にステージ4の肺腺がんであることを公表し、治療に専念していた。

    k


    「ギフト」「愛しい人へ」などのヒット曲を持つ浪速のブルースマンが病の前に力尽きた。関係者によると、1月中旬に夫人に心臓の痛みを訴えて病院に緊急搬送されたという。
    心臓に水がたまっており心肺停止の状態で、30分間の心臓マッサージで一時持ち直したものの、意識が戻らず家族が看護を続けていた。

    いときんさんは昨年6月の定期健診で異常が見つかり、7月に細胞検査を受けたところステージ4の肺腺がんと診断された。
    本人に自覚症状はなかったが、脳とリンパ節への転移も判明。
    8月に病気を公表した。
    抗がん剤治療は受けず、自宅療養などを続けていた。
    最近は免疫力を上げるため体力づくりにも励んでいたという。

    ET―KINGは、これまでになかった関西弁を使ったヒップホップで人気を博した。
    いときんさんはメインライターの一人でもあり、リーダーとしてグループを引っ張った。
    入院後も病室に音楽機材を持ち込んで曲を作った。
    4月25日発売の新アルバム「LIFE」で全曲のレコーディングに参加しており、闘病中も音楽への情熱を燃やし続けた。

    豪傑で酒豪、おとこ気にあふれる一方で、繊細で情に厚いことでも知られた。
    知人は「曲作りに強いこだわりがあった。歌詞の一つ一つに哲学があった。すてきな曲をもっと世に出してほしかった。本当に残念です」と肩を落とした。

    昨年12月28日に大阪で行われた全国ツアー最終公演が最後の公の場となった。
    1500人のファンを前に「力もらえました、生きるで。ありがとう」と感謝を口にしていた。
    音楽関係者は「あまりにも突然のことでショックだ。ライブに出たのはどうしてもファンに気持ちを伝えたかったのだと思います」と話した。

    99年にデビューしたET―KINGは2014年4月に活動を休止。
    同年9月には、上原多香子(35)の夫だったメンバーTENNさんの自殺という悲しみに見舞われたが、それを乗り越え、15年にメンバー6人で活動を再開していた。

    ◆いときん(本名山田祥正=やまだ・よしまさ)1979年(昭54)3月3日生まれ。
    兵庫県三田市出身。旧芸名はイトキン。
    高校卒業後、97年に大阪の福祉専門学校に進学。
    99年に大阪でTENNさん、KLUTCHとET―KINGを結成。
    その後にBUCCI、センコウ、DJBOOBY、コシバKENが加入した。
    2007年の「愛しい人へ」はデジタル配信で100万ダウンロードを突破するなど大ヒットとなった。

    https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20180201-00000004-spnannex-ent


    所長見解:若いよね・・・
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    1: (・ω・)/ななしさん

    引退を発表した音楽プロデューサー・小室哲哉(59)が24日、東京・日本武道館で、トーク&ライブイベント「超英雄祭2018」に出演した。
    19日の引退会見後、初のステージで、昨年結成した浅倉大介(50)とのユニット「PANDORA」として登場。

    ゲストボーカルのフィリピン出身歌手・Beverly(23)が歌うテレビ朝日系「仮面ライダービルド」(日曜、前9・00)の主題歌「Be The One」で、キーボードを演奏した。

    k


    仮面ライダーやスーパー戦隊に特化したイベントとあって、会場には親子連れも多く、普段のライブとは異なる客層。
    小室のトークの場面はなく、音楽人生の転機を迎えての胸中を明かすことはなかったが、残り少なくなった“プロミュージシャン”としての生演奏を、満席の来場者の記憶に刻み込んだ。

    小室は19日の会見で、すでに受注した仕事に関しては「まっとうしたい」と継続の意向を表明。
    同ユニットでのライブを、26日に都内で、2月3日に大阪で予定しており、7人組グループ「ラストアイドル」のプロデュースも続ける。

    https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20180125-00000002-dal-ent


    所長見解:引退するの?・・・
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    1: (・ω・)/ななしさん

    「実は、鈴木さんには奥さん以外に20年以上交際している女性がいるんです。
    お相手は40代の一般女性、A子さん。
    彼女は表向きには鈴木さんのファンクラブを運営する会社の役員。
    ですから、仕事でもプライベートでも常に行動を共にしているんです」(鈴木の知人)

    “ラブソングの王様”として君臨する、Martinこと鈴木雅之(61)。
    ソロになって31年。
    “愛人”A子さんは公私ともに鈴木を支え続けてきたという。
    しかし、鈴木には下積み時代から二人三脚で人生を歩んできた同級生の妻(61)がいるはず。
    いったい、どういうことなのか――。

    56年、東京・大田区内にある旋盤工場の経営者の長男に生まれた鈴木。
    75年、鈴木が19歳のころ同級生らとともに『シャネルズ』を結成。
    デビュー曲『ランナウェイ』が大ヒットし、たちまち時代の寵児となった。

    「デビューした頃の月収は20万円。お金がなくて、当時まだ彼女だった奥さんが衣装を手作りしていたそうです」(音楽関係者)

    妻は、鈴木が両親と同居するために建てた大田区内の自宅で今も暮らしている。

    「庶民的な方で、自転車に乗ってスーパーに買い物に行くところをよく見かけます。
    『最近キャベツが高いわ~』なんてボヤくことも。
    最近は『ポケモンGO』にハマっていて、いつもポケモンを捕まえに外出(笑)。
    でも夕飯時には『夫が帰ってきちゃう!』と急いで帰宅していました」(近所の住人)

    20年以上もA子さんとの不倫を続けているという鈴木だが、夫婦生活が破たんしているわけではないらしい。
    そもそも、妻はA子さんの存在を知っているのか――。

    「なんと、奥さんは2人の不倫関係を知りながらも『芸の肥やしになるなら』と、何も言わなかったそうです」(前出・知人)

    そんな鈴木とA子さんのデート現場を本誌が初めてキャッチしたのは、1月9日。
    午後2時、紺のコートに白のスニーカーとラフな格好の鈴木は、自宅から電車を乗り継ぎ、都心の主要駅に降り立った。
    信号が青になると、横断歩道の向こうから、かたせ梨乃(60)似の“美魔女”が満面の笑みで近寄ってくる。
    A子さんだ。
    A子さんは嬉しくて仕方がない様子で、会うなりギュッと腕を絡ませた。
    そのまま車道を歩き出した2人は、自然と手をつなぎ、停めてあった彼女の高級輸入車に乗り込んだ。

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    ゴージャスな毛皮のコートに『エルメス』の高級バッグ『バーキン』を手にしたA子さんと鈴木は、カフェへ移動。
    向かい合わせに座ると、2人は楽しそうに話をしていた。
    時間はちょうど5時。
    鈴木の人気デュエット曲『渋谷で5時』よろしく、渋谷に向かった彼らは、デパート内の『ルイ・ヴィトン』に入店した。
    A子さんはファーのストールを試着。
    お年玉代わりのクリスマスプレゼントだろうか。

    買い物を済ませた2人は、高級料亭『なだ万』に入ると、たっぷり2時間、豪華ディナーを楽しんだ。
    鈴木がA子さんの運転で大田区内の自宅に戻ったのは、夜8時半。
    自宅から100mほど離れたところで車を降りると、お互い相手が見えなくなるまで手を振っていた。

    庶民派の本妻と、全身ブランド物のA子さん。
    相対的な2人だが、鈴木は過去のインタビューで理想の女性像についてこう語っている。

    《理想の女性とは、男にとって都合のよい女ということになると思う。
    (中略)かゆいところに手が届くといった意味である》(88年6月『Checkmate』)

    その後も、A子さんを自宅へ送り届ける鈴木の姿を本誌は連日連夜確認している。
    そして1月18日、夜10時ごろに車で帰宅した鈴木本人を直撃した。
    自宅のガレージに駐車しようとする鈴木に、記者が「女性自身です。A子さんのことで……」と声をかけた。
    すると、鈴木は血相を変えて車の窓を閉め、そのまま車で“ランナウェイ”!

    だがすぐに、自宅近くの踏切で停車。
    「彼女はうちのスタッフです……」とうなだれた。
    記者が矢継ぎ早に質問するも「あとは事務所に聞いて」の一点張り。
    鈴木はため息をつきながら、その場を後にした――。

    女性自身
    https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20180123-00010002-jisin-ent
    https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20180123-00010002-jisin-ent&p=2
    no title


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