あの人は今

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    1: (・ω・)/ななしさん

    尾崎豊の「盗んだバイクで走り出す」が今さら物議

    フィクションや表現物を楽しむ際、例えば主人公が盗みを働いていたからといって、自分も泥棒しようとは思わないものだ。

    しかし中には「こんな事を書く作者は悪い奴」と攻撃する人もいる。

    はてな匿名ダイアリーに「『盗んだバイクで走り出す』に熱狂していた若者」との投稿があり注目を集めた。

    「盗んだバイクで走り出す」
    「夜の校舎窓ガラス壊して回った」

    という尾崎豊の曲の一部を抜粋し、今の子に言っても大半は見向きもしないだろうし、相次ぐバカッター行為と同じという仄めかしも付け加えた。

    「私自身世代ではないので、たった数十年前、今の現役世代が若者だった頃に熱狂していたことに衝撃を受ける」として、「主張するのは結構だけど、一線を超えたら終わりだ」などと批判的な自論を展開していた。

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    ■「尾崎ファンを冷ややかな目で見てた者も沢山いる」

    尾崎豊が活躍していたのは1980年代から90年代初めにかけてになる。

    10代の葛藤や反抗心を描いた曲がヒットし、特に若者の支持を集めたことで知られる。

    実は筆者も10代後半にハマっていた時期があった。

    抜粋された曲は、『15の夜』(1987年)と『卒業』(1985年)。

    確かにあれだけ見たら窃盗ダメでしょ、器物破損は犯罪よ、となるのはある意味当然ではある。

    しかし当時を知る者として言わせてもらうと、尾崎はそれほどメジャーではなかった。

    もちろんファンは沢山いたけれど、そもそもテレビに出ないという売り方をされていたので、一部の若者が楽しむ和製ロックカルチャーの中にいたひとりだった。

    実際筆者も中学生の時は洋楽派だったので、この2曲のリリース当時のことは全く知らない。

    はてなブックマークは500以上つき物議を醸していたが、

    「尾崎、そんなに流行ったかなぁ」
    「割と世代だが尾崎ファンを冷ややかな目で見てた者も沢山いることを忘れないで欲しい」

    といった声も多い。


    ※ 全文は記事でご覧ください
    https://news.careerconnection.jp/?p=67294

    所長見解:そうやけども・・・

    【【15の夜】尾崎豊が盗んだバイクで走り出した結果www】の続きを読む

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    1: (・ω・)/ななしさん

    脊山麻理子「お尻の魅力を感じて」38歳 アイテム駆使して完熟ヒップ披露

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    元日本テレビアナウンサーでグラビアタレントの脊山麻理子(38)の最新DVD「魅せられて」(4104円)が20日に発売される。
     
    画像①

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    画像③


    https://www.hochi.co.jp/entertainment/20190319-OHT1T50224.html

    所長見解:ええやん・・・

    【【元女子アナ】脊山麻理子(38)披露 ←これ・・・ 】の続きを読む

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    1: (・ω・)/ななしさん

    「労働なんかしないで 光合成だけで生きたい」。

    『プロフェッショナル 仕事の流儀』のテーマソング『Progress』を作った人が、そう歌う。

    スガシカオだ。

    サラリーマン生活を経てミュージシャンに”転職”してから、今年でデビュー22年を迎える。

    ストイックなイメージの強い彼は、なぜ今「労働なんかしないで光合成だけで生きたい」と歌うのか?

    どうやら、制作序盤はスランプに悩まされる日々だったようだ――。 

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    ■PCに向かっても成果がない毎日

    やらねばならないことがある。

    でも、何も思い浮かばない。疲労? 実力不足? 気の緩み?

    焦りと自己嫌悪の感だけが積もっていく。

    スランプは仕事につきものだ。

    スガシカオは、ちょうど1年ほど前その真っ只中にいた。

    デビューしてから22年もの間、走り続けてきた彼が。

    3年前にリリースした前作『THE LAST』は、アルコール中毒の父と過ごした幼少期から始まる、自叙伝のようなアルバムとなった。

    プロデューサーの小林武史から何度もボツを喰らい、ようやくできた楽曲を詰め込んだ。

    「もうあんな作り方はできない」と言うほど、すべてを出し切った作品だ。


    ■「完全にネタ切れ」

    そんな状態で、本格的にアルバムを作り始めたのは去年の4月だった。

    「5月、6月、7月……全然できないんですよ。
    毎日、仕事場に行って10時間、コンピューターの前に座って、ずっと考えてるんですよ」

    「今日も何も出ませんでした……みたいな。
    このまま曲が作れないのではないか?
    もう本当にやめたい気分になった(笑)」

    すべてを出し切ったとはいえ、これまで培った勘を頼りに進むことはできないのだろうか?

    「クソみたいな曲はね……できるんです。
    でも、先が読める当たり前の展開で、驚きのない歌詞がのってる曲を”新曲です”と出されても全然ドキドキしない。
    手癖で作った曲なんて」

    「今の人たちはYouTubeやサブスクリプションもあるから、音楽をたくさん聴いてる。
    だから、イントロが鳴って歌いだした瞬間に、曲の展開がある程度予測できると思うんです。
    予想通りに歩かれても、楽しくないでしょう?」

    再生ボタンを押した瞬間、ドキドキが欲しい。

    それが原動力となっている。

    でも、どうやっても作れない。「進捗どうですか?」と聞かれるとつらい気持ちになった。

    机にかじりついていた8月の終わり、ようやく道筋が見えてきた。

    なんとなく『労働なんかしないで 光合成だけで生きたい』の構想ができたのだ。

    これまで『SMILE』『PARADE』などシンプルなアルバムタイトルを採用してきたスガだったが、世界中の音楽が並ぶAppleMusicを眺めながら、ふと思う。

    これがアルバムタイトルだったら面白いんじゃないか。

    「見慣れない字面だったら、ちょっと聴いてみようかなって思うかもしれない。
    偏りすぎているので迷ったんですけど」

    一度軌道に乗り始めると、少しずつ熱中できる。

    『労働なんかしないで光合成だけで生きたい』というコンセプトに引っ張られて出来た楽曲は、歌詞もサウンドも今までと違った。

    ソシャゲ、スタンプ、背脂と太麺とスープ、パチンコ……身近で生活感のある言葉が並ぶ。

    『おれだってギター1本抱えて 田舎から上京したかった』

    アルバムにはこんな楽曲も挿入される。

    夢のために故郷を離れる”上京”は苦労を伴う分、人が成長するための転機とも言える。

    『東京』というタイトルの曲を、スガは書けない。

    すぐに街並みの変わる東京で生まれ育ったからだ。

    「昔から地方出身のミュージシャンがすごく羨ましかった。
    一度捨てても、いつか戻れる聖地が欲しかった。
    自分が生まれ育った場所は、もう違う建物が建っちゃってるし……」

    スガが羨ましいと思うのは、単なる成長物語ではない。

    思い切りの良さだ。

    「この歌の後半は、尾崎の小説に憧れて書いたんですよ」

    クリープハイプのボーカル尾崎世界観の小説『祐介』への羨望が歌詞になった。

    東京出身の尾崎が描く物語に、胸を打たれて何度も読み返して言葉を綴った。


    以下ソース先で
    https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190320-00010002-bfj-ent&p=1

    所長見解:やんなよ・・・

    【【人気ミュージシャン】スガシカオがかなりヤバい模様・・・】の続きを読む

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    1: (・ω・)/ななしさん

    先日、Zepp Tokyo で開催された梁川奈々美のラストライブは、その終幕から一週間を経ても未だファンの興奮さめやらぬ見事なライブであったと評判だが、ライブハウスでの公演であるにも関わらず、衛星放送で生中継されたり映画館でライブビューイングが実施されたりと異例続きのものでもあった。


    今回、明かされた特大の “異例” もまた、その梁川の愛され具合を物語って余りある。

    2017年の7月に、”ファンのみなさまからの愛を受信するアンテナ(注・小指)を折りたたんで” 芸能界から引退した、ももち先輩こと、嗣永桃子が、梁川のラストライブを観覧していたというのだ。

    この情報は、一部、参加したファンからの目撃情報としても噂されていたが、ほとんどの者は “ガセ” だと見なしていた。


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    というのも、嗣永は、引退後、一切表舞台には出ていないどころか、ほとんど(同期のBerryz工房メンバーからの情報によってすら)消息不明と言って良いほど、ファンの前から姿を消していたからだ。

    それが、愛する愛弟子の最後のステージを見届けるべくライブ会場に足を運んでいたというのだから、異例続きの梁川奈々美卒業ライブにあって、その最後のエピソードにふさわしい “異例” な情報だと言えよう。

    ももち先輩が梁川奈々美ラストライブを観覧していたことが明かされたのはカントリー・ガールズのレギュラーラジオ番組『カントリー・ガールズの只今ラジオ放送中!!』の、山木梨沙と小関舞による2019年3月17日放送分の冒頭部分にて。

    これに先立つ数週にわたって、カントリー・ガールズの公式インスタグラムなどを通じて
    “今夜のラジオで重大発表” などとファンを煽り、兼任体制からメンバーの卒業と、激震が続くグループの状況を背景にファンの焦燥感を掻き立てながら、”お菓子禁止令の撤廃” という、ある意味で兼任体制以上にグループの根幹を揺るがしかねない大きな変動について “重大” な告知を重ねていたところだった。

    そのラジオを介した “重大発表” を、ももち先輩は聴いていたのだという。

    その “お菓子禁止令の撤廃” を受けて、嗣永桃子は、ライブ観覧の後輩への差し入れとして、セロリの花束仕立てをプレゼントしたのだという。

    せめてもの “やさしさ” としてマヨネーズを添えて。

    こうした、いわば先輩からの叱責を報じる中で、そのことが中心的な話題になったわけではなくとも、それとなく “ももち先輩が やなみんのラストライブを観に来てくれた” ということが明らかにされたという流れだ。

    引退以来、ほとんど消息不明であった嗣永桃子が、おそらくは日常的に後輩たちのラジオを聴いていたということ。

    そして、そんな ももち先輩がついに姿を見せたのが、梁川奈々美のラストライブ観覧であったということ。

    画像①


    記事全文
    https://www.entamealive.com/news/10653/

    所長見解:消息不明なんや・・・
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    1: (・ω・)/ななしさん

    1990年代に人気を博した中華料理人・金萬福氏(64)が15日放送のTBS「爆報!THEフライデー」(金曜後7・00)に出演。

    現在は六畳一間のワンルームで一人暮らししていることを明かした。

    92年にテリー伊藤(69)が手掛ける「浅草橋ヤング洋品店」(テレビ東京系)に炎の料理人として出演し、片言の日本語と独特なハイテンションで大人気に。

    翌93年には、テリーとともに中華料理店をオープンし、月商3800万円を叩き出した。

    ピーク時の年収は5000万円以上だったという。

    ところが、「今は貧乏だから…」と現在は六畳一間のワンルームで一人暮らし。

    今でも中国料理店で総料理長を務めており、88年に香港に家族を残し単身赴任して以来、31年間、仕送りを続けているという。

    テリーの話題になると「怖かったよあの人」と切り出し、「ガソリンを口の中に入れて火を吹かされた。僕、料理作るために日本来たんだから。おかしいよ」と27年越しに“クレーム”をつけていた。


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    https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190316-00000146-spnannex-ent 


    所長見解:懐かしいね・・・

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